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社べROグ

メイン皿の社会人ベーシストがブレイザブリクでめびめびしてたブログ

意思を残す

おもったこと

今朝、飼っていた犬が死にました

16歳と2か月でした

死因はフィラリアだろうと思います


フィラリアが肺と心臓を占拠して3年近く呼吸困難が続いていました

ここ数ヶ月で何度か呼吸停止したり痙攣したりを繰り返していましたが、目も綺麗で四肢がしっかりしていたので年越しできるかなと思っていたのですが


年末の受験や行事が重なる前に、朝4時と早朝でしたが家族が揃って看取ることができてよかった、と思っています


今朝のことですからこうして思い返すとまだこみ上げてくるものがありますが、今晩明日明後日来週来月とそう長くはかからず悲しみも記憶も薄れていくのでしょう

人間の忘れる力はすごいなぁ、としみじみ思います


仕事へ出かける前、深い永遠の眠りについた犬の頭を撫でていると、ふと安楽死という言葉が浮かびました

日本でも動物だけには安楽死が認められているそうです

もちろん動物には測り取れない意思はあれど表示能力はなく、飼い主の意思によって行われるのですが


死んだ犬も2年前フィラリアの転移と年齢から安楽死の打診を受けましたが、主に世話をしていた母は断りました

当時、その判断がよかったとも悪かったとも思いませんでしたし、今も思っていません

犬が断ってくれ、と言ったのではないからです


安楽死の打診からのこの2年間がよかったのか悪かったのか

誰も判断できないのです


7月から飼い始めた生後半年になる猫もいつの日か死にます

僕のほうが先かも知れません 先のほうがいいです


判断を迫られるときがあったら、安楽死させるほうを選ぶと思います

たとえ猫は延命を望んでいたとしても こればかりは僕に飼われたことを呪ってもらうほかありません


今、リビングウィルの作成を構想しています

死の悲しみや痛みは故意か不本意か忘れゆくものの、必死に感じ取った教えは忘れてはなりません


リビングウィルがあるからといって希望通り安楽死が遂行されるとは限りませんが、少なくとも明確な状態での意思表示はできます

自分のためだけでなく、残していく者への免罪符としても作成する必要があると思いました


遺志つながりで、平成25年に非嫡出子(差別用語?)の相続分が、嫡出子の相続分の2分の1であるという民法の条文が違憲であるという最高裁判決がでたそうです

これまでの法律は、法律婚の尊重と非嫡出子の保護を図った措置だったようですが、法の下の平等を結果に対して当てる見解から違憲となったとかどうとか

職業柄きっちり認識しておかなくはいけないことなのですが、ペーペーの事務員で実務には特に何も影響ないのでこれくらいの触りで置いておきますが

遺留分を侵害しない相続分を遺言にして残しておけば、現行通り非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1に留める、とかいうことになるらしい・・・?

仕組みはよくわかりません

遺言に「そうそう隠し子がいてさぁ」と書く 新しいですね 添え書き程度になるのかな


さて、遺志に戻りますと、まだまだ重要視されていないというか意識明瞭な時の明白な意思表示であるのに「死者は紙面でこう言ってますけど・・・どうします?」というような感じ

あのときはああ言ってたけど、今聞いたらどうだろうなぁというところが難しいのか、責任のなすりつけ合いなのか

本当は・・・ は、口なき者の知るところ


今朝は晴れ渡った青空でした

魚屋さん生まれで大好きだった猫用の魚味のおやつをお供えしようと思います

最後まで僕の脳内カーストランクは低かったようで、眠っている頭を撫でてもなおそっぽを向かれているような


16年間おつかれさまでした ありがとう